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zoom RSS 竹本泉作品の非アニメ化について思うこと

<<   作成日時 : 2009/04/18 21:12   >>

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 竹本泉作品のアニメ化について、ファンなら誰しも思ったことがあるだろう。

「なぜ、製作されないのか」
「なぜ、企画がぽしゃるのか」

 わたしが思うに昨今の、というよりかなり以前からの(90年代中頃から現代に至るまで)粗製濫造といっても過言ではないアニメ放映数の氾濫振りを振り返ってみて、竹本泉は、その製作現場の品質に当初から疑問を持っていたのではないだろうか。時期によっては、放映数が週間50本や70本などといった明らかにその数が異常な時期もあった。当時は、何故こんな原作までもがアニメ化されるのかと疑問視されるようなものまでが企画・製作されてしまっていたのだ。そして、それは現在にいたるまであまり変わりは無い、ように思える(最近アニメは観ていないので断言は出来ないが、少なくとも00年前半頃まではそうであったと思う。また作品の質の低下・氾濫などの戦犯として良く名の挙がる人物がいるが、すくなくともその『商売の才能だけ』は認められるべきだろう。彼の基本方針は、勝てば官軍みたいなところがあった。それはそれで商売としてはシンプルで分かりやすいのだが、クリエイターとしての次の世代が育たない原因の一つでもある。彼はクリエイティブな作業に商売っ気を出し過ぎなのではなかろうか?)

 原作もののアニメ自体を嫌う方もいるかもしれないが、基本的には現在のアニメ業界は原作有りきで動いている。というよりも、この現在の狂ったまでの数の本数をこなすためには、とりあえず他所から何でも良いから売れそうなら持ってきて使ってしまえといった感じなのだ。いわゆる「キャラ萌え」があればなお良い、などといった風潮まである始末である。そこには作品の中身などは無く、単なる記号に過ぎない。商売としての手段と言い換えても良い。
 メディアミックスという言葉もあるが、これまたなんとも胡散臭くイヤらしい言葉で、わたしはあまり好きにはなれない。私企業が利益を追求するのは当たり前だし悪いことではないのだが、なんとも商売っ気が前に出すぎていて、一歩引いてしまうのだ。
「はいはい、あんたたちマニアは、どんどんお金を落としていってくださいねー」
 と、裏の顔が透けて見えるようで複雑な気分になる。特にそれが、偶々気に入った作品だったりすると、なおさら微妙に思えてくるのだ。若かりし頃なら、わたしも大人の事情など気にしないで祭りに参加出来たのだろうが、大人になり本音と建前を肌で感じ取れるようになれば、色々と見たくもないものまで見えてきてしまうものなのだ。年は取りたくないものである。いや、これが幼年期の終りということなのだろうか。

 わたしは最近、竹本泉は本当にアニメを愛しているんだな、と改めて思うようになった。一ファンとしては、彼の作品をどんどん世に広めてもらうためにもアニメ化は切望しているのだが、と同時に恐れも抱いているのだ。中途半端なものだけは作ってくれるな、と。
 
 予算の都合で品質を落としました
 納期に間に合いそうにないので品質を落としました
 製作現場に熟練者がいない為に品質を落としました(維持することが出来ませんでした)
 etcetc.......

 あえて言おう、それなら初めから作るなと。そんな言い訳するぐらいなら、最初からアニメなんか作るなと。やめてしまえ、と言いたい、言えたらいいなー、言えたらいいかもー。と急にトーンを落としてみたりする。わたしは気弱なのである。
 しかし、実際、全ての原作者の思いはこれに尽きるのではないだろうか。偶々幸運にも、すばらしいスタッフにめぐり合えた原作者であれば、(原作にも十分な魅力があれば)金も名声も手に入り、製作現場も同様になり、win-winの関係となるであろう。しかし、そんな例は希少で、実際にはあれこれと嫉妬や不満や恨み辛みの阿鼻叫喚の蠱毒といった様相を呈し、結果を残せるようなものは極僅かしかない。多くの作品を贄として、少数の作品で利益を上げるという構図が出来上がってしまっている。そんな現状を多くの原作者が理解していながら、それでもそこに作品を提供するのは、やはり生活がかかっているからであろう。なぜなら間違いなく原作者の知名度は上がるからだ。ただしそれとトレードオフするように、アニメの出来次第では、信頼や人気などが下がる危険性もあるかもしれない。しかしプロはプライドだけでは飯は食っていけないのである。悲しいけど、これが現実なのよね。
 わたしがアニメを観なくなったのも、こんなところが分かってきてしまったからなのだろうか。裏舞台など気にせず楽しめば良い、という意見もあるだろうが、実際に作品の品質が低下しているのを目の当たりにしてしまっても同じことが言えるであろうか。わたしには無理だ、それが愛した作品であるのならば尚更である。

 思うに竹本泉とは、わざわざ作品をアニメ化しなくともブランド力を高める事が出来るという数少ない作家なのではないだろうか。と結論づけたいところなのだが、おそらくこの結論には信者補正が大幅に入っているので全くといっていいほどの的外れな意見であり当てにはならないだろう。はて、私はいったい何を書きたかったんだろうか?まぁあれだ、何とも無駄な時間を過ごしてしまったという事がわかっただけでも良しとするのである。



注:ここで言う品質とは「画」の「上手、下手の話だけでは無い」ところに注意してもらえれば幸いである

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