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zoom RSS シリアルパラレル [二次創作 SS 竹本泉]

<<   作成日時 : 2009/04/17 20:38   >>

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シリアルパラレル




岡島さよりは15歳。
ふつう・平凡・ごくノーマルな生活をこの15年間送ってきたのである、ある、ある……





「随分と懐かしいフレーズよね」
「な、なんだか随分とやさぐれてますね、さよりさん」

 わたしの名前は、リーゼ真上。平行世界間犯罪を取り締まる平行警察に所属して数年を経た、まだ駆け出しと呼んでも差し支えない身分の一監視員である。わたしの目の前でソファーにもたれて両足をだらしなくテーブルに投げ出している少女こそ、現在我々の所属する中央世界の科学者たちを大混乱に陥らせている張本人、岡島さよりその人なのであるが、先ほどからどうにも様子がおかしいのである。
 中央世界から取り寄せた情報によれば、岡島さよりは基本的に快活で前向きな少女であり、別世界の真上により(さよりには無許可で)行われた簡易心理テスト及び生体情報の検査結果は精神的肉体的ストレスに極めて強い個体だと研究機関により結論づけられている。づけられているはずなのだが
「『ここ』の真上くんに言ってもしょうがないんだけどねー、ほらわたしってあれじゃない?いわゆる次元漂流者なわけじゃない。雷が落ちてそれがきっかけで世界移動って、ベタ過ぎて笑っちゃうわよね。笑えないけど。それも自分の意思とは無関係で不定期に移動しちゃってるわけよ。その先々では、そりゃあもう色々な目にあってきちゃったりしなかったりしたわけよ。でもって、わたしが移動するたびに世界に愉快なひずみが出来るからなるべく移動するなとか平行警察に言われてるんだけどそんなのわたしの意志ではどうにもならないっていうのに無茶言うなって思っちゃうのよね。管理局の許可無く使うなって言われたって私だって出来るものならそうしたいわよ。そりゃね、いろんな世界の真上くん達にも迷惑かけたかなー、とかは思ってるのよ。わたしだって植物のような人生とまではいかないけど、なるべく他人に迷惑かけずに生きていきたいっていうか、それなりに面白おかしく生きていく権利があると思うわけよ、ねぇ、あなたもそうは思わない!?」

 わたしの住んでいるこの世界では、人間は生まれたときから基本的に感情という余分なものは制御されていて、あまり表には表さないよう『処理』がなされている。もちろん喜び悲しみ怒りといった感情は持ち合わせているのだが、一定以上に達するとリミッターが働いて過剰な神経信号は別の神経回路に分散する仕組みで、相対的に特定の感情を抑えることになる。つまり、彼女のような『未処理』の人間を初めて直接見たわたしは正直どう接してよいのか戸惑っているのだ。
「はー、この世界に来てまだ3日しか経ってないけど、正直イヤな感じだわ。あ、別に真上くんたちの事が嫌いって言ってるんじゃないわよ、勘違いしないでよね。文化的な生活万歳ーって感じだし。そこんところは本当に助かってるんだけど」
 むくりとソファから起き上がりワタワタと手を前に突き出して左右に振っている彼女。おさげの、ややぱさついた髪を気にしていじっている彼女。そばかすが気になるのか、この世界の基礎化粧品に関心を示していた彼女。
 コロコロと感情が入れ替わる彼女の顔は、表情筋が発達しているせいなのか実にめまぐるしく装いを変える。しかし、この世界の人間は、顔の表情と呼ばれるものが、おおよそ一定の値の範囲内(知覚心理学と認知心理学の応用で自分が不快と感じる表情は相手も不快と感じるだろうからその感情表現は禁則とする、という手法を用いる事により総体としての不快指数を下げているらしいのだが、生産局の要でもある揺り篭機構のことは平行警察の一監視員たるわたしにはよく分からない)で固定されており、彼女のように大きく変化することは無い。よって現在彼女はこの世界との住人との文化的摩擦を避けるため、かつ可能な限り快適な生活を送っていただくために人里離れた、つまり隔離された生活を送っている。そこのところも我々と彼女との間に決して埋めることの出来ない感情的な溝として大きく横たわっているのだろうか。

「それで、相変わらずわたしの世界は見つかってないの?」
 いったい、何度別の世界でその質問を繰り返してきたのか私には想像することしか出来ないが、わたしの答えもまた、彼女にとってはなんの慰めにもならないものになるだろうことは想像に難くない。
「はい。さまざまな角度から検証しているそうですが、未だに不明です。おそらく我々の中央世界と衛星世界群からは相当離れた、次元的にですが、場所にあるものと推察されているそうです」
 この答えも、やはり彼女の中では予期されていた返答だったのだろう。そう、とつぶやいた後、またソファーにもたれかかる様にして悪態をつきはじめた。
「ちくしょう、なんでわたしってばこんな目にあってるのかしら、いまごろ花の女子高生として、あんなことやこんなことして人生を謳歌しているはずだったのに。15歳なんて人生のうちで一回しかないのよ!」
 15歳だろうと16歳だろうと普通は一回しか訪れないはずなのだが、どうやら彼女の中ではそれは大した問題ではないらしい。
「マヤヤエレレとイリリメルルたちの言ってた油をばかばか使ってる世界っていうのが私と関係があるような気がするのよね、……ゴジラのおもちゃなんて他の世界にあるとも思えないし」
「マヤヤメルルとイリリエレレの盗賊姉妹ですね。報告にあがっていましたが、さよりさんの行く先々で遭遇しているという点からみても偶然とは考えにくいので、さよりさんの平行移動技術、というか体質と彼女達の平行移動技術がなんらかの干渉を引き起こしているのかもしれませんね。もし本拠地を押さえることが出来れば、これまでの世界移動の地図が手に入るかもしれません」
 未開の地の世界地図が手に入るということは、我々にとっても悪い話ではない。また、岡島さよりだけが持つ特異転移体質究明の一助になるかもしれない。他勢力の手に落ちる前に、彼女達とは、なんとしてでも接触したいものなのだが。
「でもあいつら逃げ足速いのよねー、はぐれメタル並よあの逃げ足は」
「……さよりさんの世界にいるんですか、その、はぐれメタルという生き物は。流体金属の生命体ですか?なんというか、その、すごい世界ですね。人工的に作られたものなんでしょうか」
 わたしの疑問がよほど可笑しかったのか、彼女はキョトンとした後ひとしきり大笑いし、その後呼吸が苦しいのか時折肩を震わせながらも答えてくれた。
「あー、いやそうじゃなくて、ゲームよゲーム。そーゆーのがいるの、コンピューターゲームのキャラクターに。そういえばこの世界ってコンピューターはあってもゲームは無いみたいね、ここに用意されているものも、見た感じカードやボードゲームやチェスっぽいものしかないみたいだし」
「はい、この世界では高レベルの精神汚染媒体と認識されています。電子式の娯楽品に分類されるすべての物品は厳しく所有が制限されており、一部の博物館で展示されているのを除けば一般には出回っていません」
「じゃぁ、闇では出回ってたりするんだ」
「はい、一部の犯罪者により他世界より違法に持ち込むケースがほとんどです。耐性の無い人間が一度手を出すと日常生活に著しい支障が出るというケースが後を絶たないため根絶に力を入れているのですが、なかなか難しいようです」
「大変ね、あんたたちも」
 それは、言外に、私には関係の無い話だけれどね、と明確に語ってはいたのだが、それを指摘するような真似は今後の双方の円滑なコミュニケーションのためにも慎むべきだろう。しかし、何故だろう、わたしの胸がこんなにも痛むのは。再来週に予定されている心理カウンセラーによるカウンセリングを早めるべきだろうか。
     ごめん真上くん。わたし、そろそろ疲れたから休むわ。また明日でいいかしら?」
「あ、申し訳ありません、気が付きませんでした。はい、それではまた明日、今日と同じ時間に伺いますのでよろしくお願いします」
 しまった、どうやらわたしは自分の好奇心を抑えることが出来ていなかったようだ。気が付いたら予定の時間を2時間近くも超過していた。女性の夜更かしは美容の大敵とは聞いていたが、彼女の場合はそれ以前に様々なプレッシャーにさらされて日々生きているのだ。私がこのような事では彼女に本来不必要な筈の、わたしに対する無用な気遣いをさせてしまうことになるだろう。せめて彼女がこの世界で生きている間くらいは安息の時間を約束してあげたいものだ。

 実際のところ、彼女の存在は非常に危うい。少なくとも我々の技術力では生体自身の力で平行世界移動が出来るという話は聞いたことが無い。中央世界の技官たちからの引っ切り無しの報告書提出要請からもそれが伺える。彼女自身は気が付いていないようだが、彼女はすでに中央世界の閣僚クラスの要度に分類されているのだ。本来、私のような一監視員が軽々しく口を利くような真似が出来るような相手ではないのだが、それは偶々、そう本当に偶々わたしと彼女との平行世界間存在確率密度が他者と比べて高かったという結果に過ぎない。現在も要人警護の訓練を受けた特殊部隊が3交代で、彼女の視界の邪魔には決してならぬように配置されている。そんな中、彼女は何も知らず、何も知らされず、また世界を越えていくのだろうか。

 日報と、あと臨時で中央世界管理局に送ることになっている特別報告書をまとめ終わったわたしは、机の上に立てかけてあるポートレートを眺めながら今日のことを考えていた。
 些細なことに怒る彼女、なんでもないようなことにでも関心を示す彼女、ふとした拍子に笑い出す彼女。それは我々の常識ではありえない感情表現なのだが、何故かわたしの頭からは、その彼女の自由闊達な姿がこびりついて離れない。
     岡島さより。お互いに異邦人にしか過ぎない関係なのだが、しかし、わたしは気が付いたら彼女のことばかり考えている自分をここ3日間見つけ、そしてなんともやるせない気分に陥ってしまうのだ。
(真川先輩、わたしはいつまでたっても半人前です。もし、今でも貴女の影を追いかけているだなんてことを知ったら、貴女はなんて答えてくれるのでしょうか)



 別れは突然だった。
 翌日、いつもと同じように約束の5分前に彼女の部屋の前でノックをしたのだが返事が無かった。まだ寝ているのかとも思ったが、彼女のこれまでの生活リズムから言ってそれは考えにくい話であった。では、女性特有の身だしなみなのだろうか。しかし、あらかじめわたしが来ることがわかっているのだ、むしろその線は考えにくいだろう。なんだろうこの胸騒ぎは。手のひらにはじっとりと汗をかいている。そうだ、そういえば護衛はどうしたんだ、彼女には常に3交代で要人警護のエキスパートが『ついている事になっている』 しかし、わたしは実際に彼ら(または彼女ら)をこの目で見たわけではないのだ。彼らは常に要警護者の視界の妨げにならぬよう細心の注意を払って警護任務に就くよう訓練されている。また視界の開けた場所などでは特殊迷彩仕様の防護服を着用するため、彼らを肉眼で識別するのは極めて困難になることもあり、わたしは彼らの姿が見えなかろうが何も心配などしてはいなかったのだ。
 管理局より渡された緊急用携帯端末の電源を入れる指が震えてどうにも操作がおぼつかない。ああ、わたしの指は何故わたしの思うとおりに動いてくれないのか。感情の制御が出来ていない、追いつかない。こんなとき貴女ならどうするのだろうか、わたしはそれが無性に知りたくなった。

「識別コード CSB568001357567DZ だ、確認してくれ」
 なんとか端末の電源を入れることの出来たわたしは、即座に絶対的致命的事態即応要綱の最上段に上げられた緊急行動マニュアルに従い、テロの疑いによる対象の死亡または生死不明という仮定を下した。
『ID識別確認、端末識別確認、声紋識別確認しました。このオーダーは総督府最優先命令で処理されます、ご命令をどうぞ』
「対象の確認を急いでくれ、こちらからの呼びかけに応答が無い。あと過去6時間にわたっての対象の行動をトレースして欲しい、目立った動きを優先的に端末にまわしてくれ。最後に、護衛は何をやっていたんだこの糞野郎と伝えておいてくれ、以上だ」
『了解しました、すべて処理しますが実行中のキャンセルは出来ません。宜しいですか?』
 わたしはその機械の合成音声を聞いた瞬間に激しい感情の爆発を感じたが、今はわたしの前にはいない彼女にかつて語ったように、その余分な感情はシステマティックに制御されつつあった。
       ああ、急いでくれ。最後のも忘れないでくれよ」
 自分でも随分と乱暴な口調で話している自覚はあるのだが、何故か改めようとは思えなかった。やはりわたしは相当に動揺しているのだろうか、一部の感情制御が追いつかないほどに。

 心の中で10を数えるよりも早く第一報が届いたのだが、それは嬉しいニュースではなかった。
『隔離室に対象者を確認出来ず。現在識別半径を別荘より500kmにまで拡大中、確認まであと1秒未満
惑星内全域探査追加実行中、確認まであと3秒
地球-月間全域探査追加実行中、確認まであと295秒±28秒
中央世界-衛星世界群の探査保留中、実行時の確認終了予想時間は通常探査で3742秒±85秒、全域探査で約18時間です』
 あと数秒もすれば、わたしの手の届く範囲に彼女がいるかどうかが判明する。いればよし、だがいなかった場合は。それは想像するだけでも恐ろしいことだった。
『確認終了、惑星内に対象者は確認出来ず。引き続き、地球-月間全域探査実行中。中央世界-衛星世界群の探査保留中。実行する場合は300秒以内にご命令ください。命令のない場合は不要と判断し、[三つ子の魂]は総督府最優先命令モードから通常モードに移行します』
 口が渇き、胃がキリキリと痛む。わたし一人のために、いや彼女一人のためだけに、この世界最高のコンピューターがフル稼働中なのだ。今、わたしの手により、戦争または準戦争状態での他のあらゆるタスクを無視した緊急避難としての最高命令権が発動している。現在、行政システムは必要最小最低限のタスクのみが走っているだけなのだろう、そのことを思うと冷や汗が止まらない。おそらく、この地上の全ての場所で交通網が緊急停止状態になり、なにも知らない市民は一時的なパニックに陥っているかもしれない。このモードでは、確か全ての港の平行世界航路も物理的に緊急閉鎖されるはずだ。一般用ライフラインがどうなっているかなど考えたくもなかった。たかが一監視員には重過ぎる責任だ。どうする、他世界の確認も急いで、一秒でも早くこの混乱を収束させるべきか。しかし、もし我々の把握してしない世界群にまで越えられていては手の打ちようはないのだ。仮に最大18時間もの間[三つ子の魂]を縛っておいたとして、結果が伴わなかった、などど言えるだろうか。もはや、わたし一人だけの責任問題では済まされない所まできてはいるが、しかし、それは       
『隔離室内過去6時間以内での対象者の最重要行動報告がまとまりました。端末に転送します。追加オーダーの締め切りまで、あと282秒』
 そうだ、とりあえずはコレを見てから判断しても遅くは無いだろう。わざわざ電子頭脳が最重要と念押ししてきたからには何かあるのだろうから。

 映像の中での彼女はキングサイズのベットで眠っているようだった。これは彼女自身の要望で用意したベットなのだが、どうやらふかふかの大きなベットを一人で占領するのが彼女のお好みらしい。端末画面の左下には ' - 01:12:37 ' と表示されているので、凡そ70分前の映像を見ていることになる。30秒ほどの間は、なんとももどかしい時間が過ぎていったが、それから彼女に動きがあった。
 寝返りをうったかと思ったら、そのままゴロゴロとベットから転げ落ちるように転がっていってしまったのだ。キングサイズのベットから落ちる人というのも相当なんじゃないだろうか、と場違いな感想を描いてしまったが、どうやらナイトテーブルにぶつかった拍子に水差しが倒れたせいで、中身がこぼれて画面の彼女は濡れ鼠になっていた。何をやってるんだか、と思ったが彼女の顔が異様に赤いことに気がついた。濡れ鼠になった彼女の身体からは目に見えるほどの水蒸気が立ち上っている。明らかに異常だ。資料によると、転移が近づいてくる際、彼女の体温が上昇し身体、特に顔面の紅潮が見られるとの文面があった事を思い出したが、それにしても、多量に水分を含んだ寝具から目に見える形で蒸発させるほどの発熱があるとまでは考えてはいなかった。今は気化熱で表皮温度の急上昇は抑えられているようだが、いったいどれほどの熱量が彼女の中に渦巻いているのだろうか。彼女の意識は混濁しているようで、瞳は開いているのだが焦点が合っているようには見えず、口は、うわ言を述べているかのように動いてはいるが意味のある言葉を吐き出しているとも思えず、また身体もぐったりとしていた。
 誰かわたしに教えて欲しい、これはフェータルな事態なのだろうか。少なくともわたしが彼女から直接得た情報には、このようなケースが過去にあったとは聞かされてはいなかった。もちろん中央世界からの情報にもこのような現象は記載されてはいなかった。もっとも、ただ単純に我々が把握していないだけで、また彼女が覚えていないだけで、画面上の彼女のように睡眠中に転移が起こり気がつかないまま世界を越えたというケースが絶対になかったとは言い切れない。しかし、どうみても画面上の彼女が、その、このままでは無事でいられるとは考えられないのだ。いまも苦しそうに熱い息を吐き出す彼女の口からは、ゼェゼェ、ヒューヒューといった、他人を不安がらせるには十分な程の音圧で身体の悲鳴を訴えている。苦しみからか彼女の目元から涙が零れるが、零れた先から彼女の体温をほんのわずかでも下げるための気化熱として奪っていくのだ。
 駄目だ、もう、とても見てはいられない。実際には映像を見始めてから100秒も経ってはいなかったのだが、わたしの体感時間ではその何百倍もの時間に感じた。もはや意識は完全に無いのだろう、時折ヒクヒクと身体は痙攣しているが、それ以外の目立った動きは感じられなかった。
 それから何秒経ったのだろうか、わたしと、わたしを取り巻く世界は石化してしまっていて、もはや体内時計はその用を成していなかった。気がついたときには、彼女は忽然とその姿を画面から消していたのだ。端末からのビープ音が、わたしの石化を解除した。胡乱な頭で遅まきながら端末を操作し、彼女のこの世界での最後(嫌な言葉だ)にあたるタイムスタンプを確認すると、この世界からの消失時間は ' - 01:09:49.274 ±0.00002% ' と表示されていた。映像の再生から、僅か170秒程度の出来事だった。
 端末には追加オーダーの最終締め切り時刻まであと82秒と表示されていて、確認フェーズ画面が、承認・非承認の選択をわたしに要求していた。もう時間はあまり無いが、いまさら私に出来ることなど殆ど無い。しかし、その前に、どうしても確認しなければならないことがある。
       何故だ、何故、彼女が転移したのに気がつかなかったんだ」
 知らず強く握り締めたためか、ミシッと端末から嫌な音がしたが、わたしは気にせず言葉をぶちまけた。
「彼女は常に監視されていたはずだ。確かに隔離室の中には護衛は入ってはいなかっただろう、入る必要すらないからな。なんせ部屋そのものに巡洋艦クラスの絶対防衛システムが施されているんだ、この地上においてここほど安全な施設は数えるほどしかないだろう、だが監視カメラは捉えていたはずだ、その消える瞬間を。何故だ、何故その瞬間に警報を発しなかったんだ!いや、そうじゃない、そういうことじゃないんだ。何故、彼女が苦しんでいるときに、上はわたしに連絡をしてこなかったんだ、答えろ!」
 今までのわたしの権限では隔離室の中の映像を見ることは出来なかった。彼女は存在そのものが極秘扱いであり、その秘匿レベルも非常に高位に属している。実際、今回の隔離施設への移送に関しても、また彼女という存在がこの世界を訪問中だという事に関しても、その事実を知っているのは、中央政府高官、学者含め両手で数えて事足りる程度だろう。彼女を守っているはずの特殊部隊は、彼女の来歴などは一切知らされていない。知る必要が無いからだ。
 わたしが、彼女と隔離室で面会できるのは朝から晩までの限られた時間のみで、それ以外の時間はこちらからも、そして彼女からも一切連絡が取れないようになっていた。彼女は、この地上でもっとも安全な籠の中の鳥になっていたのだ。しかし、現在わたしはこの惑星上で時間制限つきながらも、あらゆる超法規的措置に及ぶことが許されている。その時間は残り60秒を切っていた。
『これより最適解高速思考モードに入ります、連想地図作成後無矛盾律思考実験開始       第60721〜60836回上級評議会議事録閲覧中       終了』
『今回の対象者の生体転移は、我々が現状知りうるあらゆるケースに合致しないものだと判明した時点で、保護フェーズから観測フェーズに移行しました。故に環境の現状維持を最優先に努めるため、絶対防衛システムを除くあらゆるシステムは凍結モードに入っていたことが原因です       
       観測結果により、今回の生体転移は空間のひずみを観測限界下限域で捉えることに成功、これは機械的な転移と比べても最大湾曲率は37.68%下回っており       




 あの時わたしが最後の最後で確認したことはといえば、彼女の転移は無事に済んだのか、ということだったのだが、答えは『転移先不明につき回答不能』という散文的な事実だけだった。
 結局、[三つ子の魂]に追加オーダーを加えることは無く、アレを拘束するのは357秒というごく短い時間の間だけで済んだ。しかし、僅か6分足らずの出来事とはいえ、社会基盤が一時的に凍結、崩壊の危機に瀕した事実には変わりなく、政府高官の何人かの顔ぶれが2日後には変わっていた。本来、誤動作するはずの無いシステムによる誤動作という公式見解の矛盾をマスコミは連日追求したが、政府は安全保障を盾に取り一切の情報開示を拒絶し続けていた。
 この世界の住人が、そのような喧騒の只中に置かれていた中、わたしは1ヶ月の有給休暇を取らされていた。処分こそ無かったが、これは事実上の謹慎ということなのだろう。これを温情と見るべきなのか、それともその間に身辺整理を済ませておけということなのか、判断に苦しんだが相談できるものなど誰一人としていなかった。
 結局のところ、わたしは、また失ってしまったのだということなのだろう。
 あの時、もう失うものなど何もないと思っていたのに。これ以上の痛みは無いと思っていたはずだったのに。貴女の愛したこの世界を守ると心に誓ったはずだったのに。わたしは、何も知らず、とんだ道化を演じたまま、また失う羽目になったのだ。




 あれから三ヶ月が過ぎた。彼女の生死は不明のままだ。わたしの権限で調べられることなど高が知れているが、それでも調べずにはいられなかった。同期に中央政府の上級管理職補佐候補生がいたので、それとなくあたってみたが、やはり一連の事件については何も知らされていないようだった。やはり、最低でも評議会委員クラスの権限が無ければ話にはならない。
       もう、いつまでも影を追うような真似は諦めるべきなのだろうか。




 心理カウンセラーによるカウンセリングを週に2回は受ける日々が1年ほど続き、なんとかわたし自身持ち直してきたころ、ひさしぶりに本部に出向いたわたしは監視員仲間から驚くべき噂を聞くことになった。なんでも、とある世界の新人監視員は機械の補助を受けずに、自らの力のみで世界転移することが出来るというのである。頭に思い描けば、他世界から任意の物体の取り寄せまで出来るということで、監視員の間では出来の悪い冗談扱いされているという話だった。実際、彼もそんな話は信じていないようで、そんなことが出来るんなら俺達ももう少し楽が出来るんだがなー、あ、でも犯罪者もそうなら今より大変になるかもな。などと、ガハハと笑いながらわたしの肩をバシバシ叩いてから去っていった。それは、『対外的には仕事の失敗で落ち込んでいた(必ずしも間違いではないのだが)』ということになっている私を慰めるための、彼なりの励ましだったのかもしれないが、そんなことはもはやどうでもよかった。
 間違いない、彼女だ。生きていた       しかも監視員だって!?
 ついに彼女は自らの力を制御することが可能になったのだろうか。そして自らの世界へと帰っていったのだろうか。その後、彼女の出身世界を取り込んだ我々とは別の中央世界の手によって、彼女は監視員の道へと進んだのだろうか。
 おそらく彼女のことは管理局でも極秘扱いで、わたしのようなものでは彼女と接触することすら出来ないだろう。情報の閲覧すら特別上級管理職クラスでないと難しいかもしれない。信憑性の有無はともかく、このような噂が広まっているところをみると、秘匿レベルはある程度下がったのかもしれないが、それでも、だ。
 わたしは、知らず声に出して笑っていたようだ。若い女性事務員達が遠巻きにしてわたしの方を見ながらヒソヒソと話しているのが見えたが、もはやそんなものに構っている場合ではなかった。そのままわたしは通用口に向かって走り出し、建物の外に出ると大きく息を吸いこみ大声で勝ち鬨をあげるかのごとく叫んだ。






 わたしの名前はリーゼ真上。平行世界間犯罪を取り締まる平行警察に所属して幾星霜、数々の事件に出会い未解決の事件には何度も心がくじけそうになったが、しかしわたしは諦めるということは決してしなかった。わたしは、笑いたいときには笑い、泣きたいときには泣き、怒りたいときには怒るという、自然な態度で周囲に接してきたため、多くの仲間や部下達には変わり者扱いされている。今ではすっかり顔なじみになってしまった心理カウンセラーからも匙をなげられる始末だ。
 しかし、彼女との思い出がこの胸の中で生き続けている限り、わたしは、これからも胸を張って前に進んでいくことが出来るだろう。






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原作:さよりなパラレル




・ただメモのつぶやき
 漫画では描かれていなかっただけで、こんなハードな展開もあったんだー(棒読み)
 幕間劇ではこんな事もあったりなんかしたら、興味深い話だよねーという妄想を垂れ流してみました。それでも、さよりちゃんは今日も元気にどこかの世界を旅してまわってるんだよ!まわってるんだよ!

うじゃうじゃ

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